私が山伏修行に行く理由

今年も土日におやすみをいただいて、山伏修行に行ってきます。
昨年、初めて参加したときにこれからもずっと参加するんだと。特に理由もなく思ったのですが、昨年はヒーヒー言いながらの参加だったので、今年はもう少し修行に専念できるようにちょっとずつですが、鍛錬を重ねてきました。(という程は鍛錬できていない、けどやりました・・・。)
昨年、愛知県の鳳来寺山にて行場を開かれた渡辺清乃さんとのご縁で私も山伏修行を体験する機会をいただきました。今年は抽選だったのですが、当たれ!!と念じて申し込み見事、修行をさせていただく権利を頂戴しました。
周りの人からはなぜお金を払ってしんどいことを・・・と思う人もいると思います。物好きだなぁという目で見られていることも薄々感じています。が、周りの視線より自分自身がなぜやるのか分からない。けれどもやるという自分の内側から突き動かされる何かによって参加すると決めているのだと思っています。

山伏修行についてどういうものですか?
と聞かれる事は多いのですが、これがなんとも説明しがたく、やってみた人にしか分からないもの。としか言いようがありません。
山に入るとそれぞれがそれぞれの修行をします。自分の体を修行に向かわせるのには自分しかいない。
そして、それぞれが修行を通して何かを感じ、何かに気づき持ち帰る。そのようなものです。
今年は何があるのか、参加してみないと分かりません。自分と向き合ってこようと思います。
またブログで感想を書くと思います。良かったら私の山伏修行体験記覗いてみてくださいね。

ここ数年、私は自分の中の『孤独』と向き合ってきたように感じます。修行に参加することでも否が応でも孤独と向き合わなくてはなりません。自分の意識があちこちに飛んでいくと息は上がり苦しくなります。私は体力がないのですぐにへばってしまうけど・・・。そんな自分の体力と折り合いをつけながら修行をしてきます。今年ちょっとだけ違うのが、去年死ななかったから、今年も死なないだろう・・・。ということだけです。ただ、私の場合はその油断が命取りということもあり得ますが。笑

少し話は変わりますが年々重くなっていく体重をなんとかしなくては・・・という思いもようやく出てきました。
ちょっと頑張って痩せよう。
体が重くていいことなんてないし、痩せると宣言するとどうしてもなかなか痩せない自分と向き合わなくてはならず、それが嫌でやせたいと口にすることも出来ませんでした。

痩せると言われるものに手を出し、結果的に痩せないとイライラするを昔は繰り返していたこと。
一度本気で痩せようとして実際痩せたけど、結局その時の功績があるから、本気になれば出来るから・・・と謎のプライドが高くなりすぎていた気がします。
もっと自然に、もっと心地よく痩せる方法を見出せたらいいのに。と思っていました。
そして、ようやくそれを許していないのは他ならぬ私自身だということに気がつきました。

ダイエットやファスティングなど『私には無理』という方は多くいらっしゃいます。そう決めている間は確かに難しいかもしれません。ただその意識から離れるということは誰でも平等に出来るチャンスです。私のダイエットはどうなるのでしょうか。
忙しいとどうしても自分のことは後回しになりがちですが
改めて自分を俯瞰したり、振り返る時間が持てないと消耗するということを痛感しています。
どうか、このブログを読んでいる皆さんも、自分が好きなことをする時間をご自身に許してあげてくださいね。
そして、良かったらその話を治療に来た際に教えてください。